東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5231号 判決 1962年12月28日
原告 森山トヨエ
被告 熊谷賢相
被告 熊谷ヨシ
被告両名訴訟代理人弁護士 永島啓之介
世古晴次
主文
被告熊谷賢相は原告に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三七年七月一三日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は五分しその二を原告、その余を被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
損害賠償の請求について、
被告賢相が昭和三五年五月頃から原告と情交関係を生じ、以後同被告は原告の肩書住所を訪れてはこの関係を継続していたこと、原告がそれによつて懐胎し昭和三六年四月六日同被告の子である謙純を分娩したこと、同被告は前記のような交渉を生ずる以前から十数年来の内縁の妻被告ヨシがあり、被告等肩書住所で右内妻と同棲してきたことは当事者間に争がない。
原告、被告賢相各本人の各供述と弁論の全趣旨によれば、原告が被告賢相と情交関係を生じたのは同被告が原告のゴム紐、磁気バンドの行商を援助しているうち、原告のためにその肩書地にアパートを世話してやつた頃自然発生的にそうなつたもので、当初は両者間に結婚の話など出ず、原告も同被告に内縁の妻被告ヨシがあることなど知らなかつたが、昭和三五年七、八月頃原告は妊娠し、その頃には被告賢相に前記内妻がいることを知つていたので、被告賢相に対し原告の身の振り方特に同被告と結婚したい旨の話を持出すようになつたところ、同被告は原告が子供を産むことを希望し、内縁の妻被告ヨシを入籍する意思がなく、同女とは離別して原告と結婚し入籍する旨述べ、以後も屡々原告の前同様の要求に対し同被告は前同旨の態度を示したので、原告は前叙の通り昭和三六年四月六日同被告の子謙純を分娩した。然るに被告賢相は内縁の妻ヨシに対しては同女との離別につき話合などすることなかつたが、そのうち原告と被告賢相の関係は被告ヨシの知るところとなつて同被告は昭和三六年一月頃自己と被告賢相との間の婚姻の届出を了するに至り、他方被告賢相は一子謙純が生れてから原告からその生活費等の要求があるに拘らず、昭和三六年四月末頃から生活費を一部しか渡さなかつたり、分割したり遅滞して交付しがちであつたため原告と争うことが多くなつたが、同年六月頃から同被告は原告方を訪れなくなり、原告及び子謙純の生活費、養育費等を支給せずその他原告等の生活を顧みることなく現在に至つていることが認められ、右認定に牴触する被告本人の供述は信用することができない。
原告は被告賢相が原告と婚姻する意思がないのにあるように装つて原告を欺き原告と情交関係を結んだ旨主張するが、同被告が当初から詐欺の意思で原告と情交関係を結んだものと認めるに足る資料はないというほかないけれども、前記認定事実に徴すると、同被告は原告と情交関係を生じて後、既に内縁の妻ヨシがあり、これとの共同生活を続けていて離別すべき何等の理由も状況もないのに拘らず、同女を離別すると称し、原告をその旨誤信させて原告と情交関係を継続したものであり。而も、原告が、同被告との間の子を出産すると、その後に於て原告とその子を遺棄して顧みないのであるから、同被告の右態度は全体として違法というほかなく、同被告には不法行為の責任を生ずるものと解すべきである。
故に同被告は右不法行為により原告が受けた精神的損害を賠償すべき義務があるところ、原告、被告賢相各本人の供述によれば、原告は老母と前記子供等を抱え行商により困窮した生活を送つていること、同被告は行商ではあるが、原告と異つて相当な収入を挙げていること、その他前叙認定の同被告の本件行為の諸態様等を考量すると同被告は原告に対して慰藉料として金二〇万円を支払うのを相当と認める。
詐害行為取消等の請求につき、
原告は被告賢相が同ヨシに対し別紙目録記載の建物を贈与した行為が詐害行為である旨主張するが、凡そ詐害行為の請求権は債務者が為した法律行為が債権者の債権を害することがなければ発生しないものであるところ、本件に於て債務者たる被告賢相の財産状態が果して原告の債権を害すべきものであるかどうかについては本件に顕れたすべての資料によつてもこれを認めるに足らないのみでなく、寧ろ、原告被告賢相各本人の供述によれば被告賢相は原告の債権の辞済をなす資力を有することを認めることができるから、原告の被告等に対する詐害行為取消の請求はこの点に於て失当といわなければならない。
しからば原告の本訴請求は被告賢相に対し慰藉料として金二〇万円の支払を求める限度では正当としてこれを認容すべく、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととし、主文の通り判決する。
(裁判官 奥輝雄)